ロビ

私の家で初めて家族になった猫がロビです。本屋さんの猫図鑑で調べて「きっとロビはメインクーンという猫だろう」と家族は納得(^^;実際ロビはメインクーンではなかったけど、その後メインクーンにはまった我が家のルーツでもあります。ロビがお星さまになった時、今でも私自身の一番辛かった思い出です。

名 前 ロビ
性 別 オス(去勢済)
種 類 ペルシャ系MIX
生年月日 1978年8月?日〜1990年7月12日
体 重 5Kg位
好きなもの おかあさん・キュウリ・ほうれんそう
嫌いなもの 抱っこ・お風呂
性 格 もの静かなおっとりタイプ。おもてには感情をあまり出さなかったけど、家族の気持ちはしっかりロビに通じてた、という実感がとてもありました。
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セナチャイマロロビ
+チャイをはじめ、歴代のうちの猫sのご紹介です。


ロビ

初めての猫

 当時我が家は岡山県は倉敷市にありました。ある時父が「○○スーパーのペットコーナーに可愛い子猫がいたぞ」と一言。これはつまり飼ってもいいってこと!? 私と弟は見てもいない子猫なのに、すっかり舞い上がり、「早くしないと子猫が売れてしまう〜」とダッシュでそのペットコーナーに子猫を迎えに行きました。
 今考えるとあの時ペットショップから子猫だけ連れて帰ってきたような…。つまり、猫用トイレなんて用意していなかったと思います。
 ロビは家に来て、怖がりもせず、家中探検してまわります。突然左の写真にある灰皿の中をシャカシャカ堀り始め、灰皿のふちに上手に乗っかって、灰皿の中に少しもこぼさずシッコをしました。
 それから家族は慌ててトイレ、ご飯用お皿、などなど用意したというわけです(^^;

耳ダニ・ノミ

 30年も前のスーパーのペットコーナー、ペットの管理はずさんなものでした。「血統書付き」とあったものの、結局血統書ももらえず(いいんですけどね)、耳ダニ&大量のノミのおまけ付きでした。「即動物病院へ!」というふうには思いつかない我が家族。バケツに人肌のお湯とシャンプーを入れ、そこに首だけ出してロビをドボンと漬けました(^^;

 身体についたノミはうじゃうじゃと水に浸かってない顔部分に上がってきます。そのノミをつかまえてつぶす算段だったのですが、とても追いつきません。結局「これは獣医さんに相談するしかない」と気づいた私たち。やっと病院にて健康診断をしたロビですが、ノミならず耳ダニもたくさんだったことが判明(T_T) ようやくロビの通院がはじまりました。ごめんね、ロビ。

引っ越し猫

 倉敷→名古屋→東京、とロビのお家も家族の引っ越しとともに変わりました。とにかく静かな猫だったので、移動中も鳴き騒ぐということもなかったので、家族もあまり深く考えずに新幹線やら車やらを使って移動していました。でも新しいおうちに移るたびにロビは2、 3日押し入れから出て来ませんでした。もう少しロビのストレス考えてあげれば良かったね。

晩年

 猫に与えては良くないもののことなど全然知らなかった私たち。ロビのごはんはキャベツの千切りと猫缶をまぜたものが主体でした。野菜が好きなコで、キュウリを調理台に1本置いておくと、自分で床に落として丸ごとシャリシャリ全部食べてしまっていました。鍋物の野菜も好きで、ネギも入ってた鍋の野菜なんかもあげちゃったり(^^;(みなさんマネしないでねー。無知だったのよぉ)。そういう育て方をしてしまったせいか(そのわりには12歳まで生きたけど)、腸ねん転をおこして手術したり、腎臓をやられて入院したり、晩年は結構病院のお世話になっていました。

 90年の夏、腎臓が悪化してロビは長期入院を余儀なくされていました。そんなある日、両親が北海道に数日間行かなくちゃならないということで、万が一の場合の連絡先として、病院の方には私の勤め先を届けていました。両親が北海道から戻り、母も面会をすませた2日後あたり、突然私の会社の電話が鳴り、経理の女性が「○○動物病院からなんだけど…」と私の方をすまなそうに向いて言いました。どこかでその時が来てしまったことがわかった私。電話にでると、「最善をつくしたのですが、先ほど心臓が止まりました。ご両親に連絡がつかなかったので…」と、どこか遠い意識の向こうで先生の説明がありました。電話を切ったあと、そのまま会社の机に突っ伏してわんわん泣いてしまった私。会社の上司含めみんなロビの状況を気づかってくれてた人達だったので、即座に早退のお許しが出ました。(本当に当時の会社には感謝しています)

 父の会社に連絡がとれ、父と私は病院へ直行しました。ほぼ同時に病院へつくと、病院の方が用意してくださったお花いっぱいの箱の中でロビは眠っていました。両親と離れて住んでいた私は、ロビのお見舞いも1回しかいけなかった…。後悔の念と今までの思い出と色々入り交じって、さらにわんわん泣く私。父が「病院なんだから、あんまり泣いちゃいけない」って耳元でささやいたことがどこかすごく鮮明に思い出されます。

 数ヶ月ぶりに自宅に戻ってこれたロビ。とにかく母と弟には会ってもらわなきゃと、どうしていいかわからず、「氷」を買いにお店へ走った私。母は出先から虫の知らせか病院へ電話をして事態を知り、緊急帰宅。横浜にいる弟にも連絡がつき、車をとばして仕事帰りに駆けつけました。

 家族4人でロビのお葬式をし、翌日、深大寺の動物霊園からお迎えが来て最後のお別れをしました。

 今でもロビの死を思い出すと、涙が止まらなくなります。ずっとずっとロビのことを書こうと思っていても書けなかったし、こうやって書いても思いを文章にまとめることがやっぱりできません。動物は元々大好きな家族だったけど、実際その後「猫」に魅了されるきっかけとなったのはロビだったからです。亡くなる2日前、母がお見舞いに行った時、抱っこ嫌いのロビは母の肩をチョンチョンと叩いてその肩に飛び乗ったといいます(自分からそんなことをするなんて初めてのことです)。輸血やら点滴&注射。その医療費はばかにならないものでした。人間の病人ならばその枕元でそういう金額も含めた治療方針についての話はしないものですが、ロビの前でそういう話をしていたことに母はとても後悔ししていました。「きっとロビは聞いていたのよ」…。母の肩に乗ったことも彼ならではのお別れの挨拶だったと思います。
 ロビが亡くなって、20年近くたちました。でも決して私には忘れられない悲しいお別れです。

 あるところで“命の有るものは必ず肉体は無くなるでしょうが、何方かの心の中に生き残ることが永遠の命を持つ事かもしれないなんて思ったりします。忘れ去られたら、本当の死ではないかと思ったりします。誰かの心にずっと生き残っていけたなら、それが人間でも、動物でも、想い出でも命を持った事になるような気がします。”という文章を読み、本当にそのとおりだな、と思いました。私は永遠にロビのことは決して忘れないです…。