月別アーカイブ: 2013年12月

2013年12月21日

ケニアの記念切手

2013年12月12日は、ケニアが独立して50周年の記念日でした。
そして、日本とケニアが外交関係を樹立して50周年ということもあって、なんと「日ケニア外交関係樹立50周年」の特殊切手(記念切手と違うのかな???)が発行されました!!!

特殊切手「日ケニア外交関係樹立50周年」の発行 – 日本郵便

さっそく私も買いました〜♪

でもって、買いに行ったら「ほっとする動物シリーズ 第1集」なるシール式切手もあって、これも買っちゃった(これはケニア関係なし、です)。
最近のワタシ、切手はシール派なもんで。
これも可愛い〜(*^^*)
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ケニアが日本の切手になっちゃうのってすごいなぁーーっ!と思っていたら、消印にもなっていました!

「日ケニア外交関係樹立50周年」の記念押印等

やーーん、チーターの押印サービス、してもらいたかったなぁ。
キリンもステキだし。
記念切手より、こっちの方がレアかもですね。

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2013年12月16日

セナ9歳!

12月13日はセナの9歳のお誕生日でした♪
(でもって翌日14日はチャイのお誕生日ね)

↓今年もアニコムからお誕生日カード。去年とは違うデザインだね〜
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↓昼間はこんな風に丸まって寝てるけど…
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↓“お遊びタイム”には、9歳とは思えないほどの俊敏さでジャンプしまくりで遊びます。
これはゲットした“羽根さん”をくわえて、机の上まで乗ってきたところ。オモチャをつかまえて、くわえたら離さないのです。ハンターの顔
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↓これは翌日14日、友達がセナに会いに来てくれた時の写真(友達撮影)。相変わらずお客さま大好きなセナです
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毎年この時期はカアチャン仕事でテンパる、なシーズンなのです。
今年もあと2週間しかないけど、まだまだ仕事こなさなきゃなので、たぶん年末までココはお休みかも、ですm(__)m

いつまた書けるかわからないので、先に言っておきます。
みなさま、良いお年を〜〜〜。

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2013年12月02日

セナの血液検査2013

11月22日に血液検査を受けたセナ。
検査結果が届きました。

今年も嬉しい問題なし!です。

先生のコメントは↓こんな感じでした。

少しヘマトクリット値が高めですが、特に問題はないと思われます。腎臓や肝臓の値にも異常は認められません。今後も定期的に検査をして健康に気をつけていきましょう。

ちなみにヘマトクリットとは、血液中に存在する赤血球の容積の割合をしめしているのだとか。
参考値が24.0-45.0%のところ、セナは45.9だったので“高め”と評価されたよう。

検査の中の“血球計算”項目にある“赤血球数”、“ヘモグロビン”、そして“ヘマトクリット”の3項目が増加していると多血症、低下で貧血が疑われるんだとか。
セナの場合、“赤血球数”、“ヘモグロビン”は正常値だったので、問題なしの判断なのかな。

2012年血液検査の結果

あーー、そういえば、以前書いたロイヤルカナンの「ヘルス ニュートリション ラーニング プログラム」の勉強、頓挫してますー(^^;(^^;(^^;
あれこれなんだか忙しくて、12月18日までに上級コースまで合格は無理そうだー(T_T)
また次のキャンペーン狙いで行こうかと…。

久々のセナ写真?

↓寒くなったので、例年通り、棚の上には乗らなくなりました。
仕事をするワタシの椅子のうしろに隙間を作るよう要求し、そこにハマって寝ます。つまりワタシは浅くしか座れないという…。
これはワタシが席を立って写真撮ったところ。爆睡中〜
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↓夕方近くになると、机下のカゴに移動します。
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↓で、夜は床暖房をつける機会も増えてきたので、そうなるとヘソ天でうっとり状態に…
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2013年12月01日

「八重の桜」とひいおばあさん

NHKの大河ドラマ「八重の桜」をなんとなく毎週観ている(録画してだけど)。
会津での勇ましい八重さんが好印象だったので、新島襄と結婚してからは少々物足りなく思っていたのだけど、「そういえばうちのひいおばあさんの恩師に新島襄がいたかも」と思い出した。

ひいおばあさんは、同志社の看護学校で学び、看護婦になった人。

ひいおばあさんの娘(私にとっては大伯母)がまとめたひいおばあさんについての自主制作本を引っ張り出してきて確認してみた。

ちょうど今日の放送では、新島襄が死んじゃって、その後八重が赤十字が広めようとしていた看護について学び始める…という展開だったし。

本をめくってみると…。

二十歳のころ、郷里で一度結婚したが、芸者遊びをする夫に愛想をつかして離婚、実家に帰っている間に、交際のあった園部裁判所の検事夫人が、同志社社長新島襄夫人の友人であったため、京都看病婦学校のことを知り、その人のすすめもあって入学を決意した。

おーーーっ! ひいおばあさんの友達の友達が八重さんだったんだ(^^)/

Wikipediaによると、京都看病婦学校は、

新島襄が、将来的に総合大学の設置を念頭に、日本最初の看護婦養成機関として、現在の今出川校地に創設したものである。

とあり、大伯母の本でも、ひいおばあさんは明治23年9月に(当時は9月が入学期だったそう)5回生として入学したとある。
新島襄は今日の放送どおり明治23年1月に亡くなったとあるので、新島襄が亡くなる5年前には京都看病婦学校はあったということになる。テレビは演出的に八重が看護学校に関わって行く…という脚本なのかな?
ひいおばあさんが入学した5回生は9名だけだったそう。
卒業後のひいおばあさんは、愛知県の病院の婦長として勤めたそうだけど、時の総理大臣伊藤博文!が移動の折り、看護のために派遣されたんだとか。

ちなみに以前、「ひいおじいさんの自叙伝」という記事を書いたけれど、ひいおばあさんはこのひいおじいさんの奥さんなのです。

ひいおばあさんは104歳まで生きたので、ワタシも子供の頃何度も会った事がある。ずっと寝ている印象だったけれど、あいさつ程度の会話はした記憶がある。
4歳下の弟にとってのひいおばあさんは、“いつも離れに寝ていて妖怪みたいでものすごく怖かった”そうだけれど、ワタシは会話した記憶もあるし、怖くはなかったなぁ。

なんか当時は小さな子供だったけれど、そういう歴史の一部に触れた経験をオトナになってから噛みしめている今。
歴史って、つながっているんだなぁ…。

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