2011年03月14日
がんばろう日本
地震発生から3日半。
東京でもスーパーやコンビニの食品・水などの棚は空っぽだし、ガソリンスタンドもものすごい数の車が並んでるし、異様な光景。
停電の情報も二転三転しているし、電車も動かないところが多いし、余震もまだ多いし、なんかちょっと疲れてきました(^^;
って、ワタシは何も被害を受けてないし、被災地の方達のことや、不眠不休で働いている方達のことを考えたら「疲れた」なんて言っちゃいけないな、とつくづく思います。
こんな時こそ、マイペースを維持するってことが重要なんですよね。
情報収集もキリがないし、原発の度重なる危機も聞いているだけでハラハラドキドキなので(かといって、ワタシがドキドキしても何もできないわけだし)、テレビのニュースをつけっぱなしにする生活もやめて、今日は通常どおりラジオを付けながらの仕事。明日の停電のスケジュールももういいや、いきなり停電が来たって、出かけなきゃで電車が止まっていても、その時に対応を考えようって感じです。そして夜は英会話学校に行ってきました。
いつもの先生は1ヶ月お休み(前からの予定)なので、今日は初めての若いアメリカ人女の子先生。
彼女のボーイフレンドはアメリカ海軍横須賀基地の人だそうで、今福島へ救助活動に行っているそうです。彼女にとっても今回の津波は、9.11のニューヨークでのテロ事件と同じくらいの衝撃だったそう。
計画停電とか電車の運行状況とか、細かな状況は入手できている?と聞いてみたら、大丈夫!と言ってくれた。少しはわかる日本語と英語のニュースから情報を得て、それを翻訳して自分のブログでも発信しているそう。
アメリカにいる家族や友達、そして日本にいる外国人の友達と密にコンタクトをとっていると言っていました。
大打撃を受けた日本が秩序だって対応をしている、という高い評価は世界各国からの報道として伝わって来ているけれど、彼女も「アメリカ人だったらもっとみんなパニックになってそのパニックが広がっちゃうけれど、日本人は違う。それが自分にとっても安心だ」と言っていました。
やっぱりポイントはこの部分なんじゃないかな。
日本人全体がダメージを受けたけれど、日本人ならではの思いやりの心をもって団結していけば、震災前に失いかけていた本来の日本人に、そして日本にも戻れるんじゃないかな。
アメリカ人先生女の子、にっこり笑いながら「がんばろう!」と日本語で言ってくれました。
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