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耳ダニ・ノミ
20年以上前のスーパーのペットコーナー、つまりペットの管理はずさんなものだったのですね。「血統書付き」とあったものの、結局血統書ももらえず(まぁ、いいんですけどね)、耳ダニ&大量のノミのおまけ付きでした。「即動物病院へ!」というふうには思いつかない我が家族。バケツに人肌のお湯とシャンプーを入れ、そこに首だけ出してロビをドボンと漬けました(^^; 身体についたノミはうじゃうじゃと水に浸かってない顔部分に上がってきます。そのノミをつかまえてつぶす算段だったのですが、とても追いつきません。結局「これは獣医さんに相談するしかない」と気づいた私たち。やっと病院にて健康診断したロビですが、ノミならず耳ダニもたくさんだったことが判明(;_;) ようやくロビの通院がはじまりました>ごめんね、ロビ。
引っ越し猫
倉敷→名古屋→東京、とロビのお家も家族の引っ越しとともに変わりました。とにかく静かな猫だったので、移動中も鳴き騒ぐということもなかったので、家族もあまり深く考えずに新幹線やら車やらを使って移動していました。でも新しいおうちに移るたびにロビは2、3日押し入れから出て来ませんでした。もう少しロビのストレス考えてあげれば良かったね。
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初めての猫
当時我が家は岡山県は倉敷市にありました。ある時父が「○○スーパーのペットコーナーに可愛い子猫がいたぞ」と一言。これはつまり飼ってもいいってこと!? 私と弟は見てもいない子猫なのに、すっかり舞い上がり、「早くしないと子猫が売れてしまう〜」とダッシュでそのペットコーナーに子猫を迎えに行ったのです。
今考えるとあの時ペットショップから子猫だけ連れて帰ってきたような・・・(^^;;; つまり、猫用トイレなんて用意してなかったと思います。ロビは家に来て、怖がりもせず、家中探検してまわります。突然左の写真にある灰皿の中をシャカシャカ堀り始め、灰皿のふちに上手に乗っかって、灰皿の中に少しもこぼさずチッコをしたのです。
それから慌ててトイレ、ご飯用お皿、などなど用意したというわけです(^^ゞ
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晩年
猫に与えては良くないもののことなど全然知らなかった私たち、ロビのごはんはキャベツの千切りと猫缶をまぜたものが主体でした。野菜が好きなコで、キュウリを調理台に1本置いておくと、自分で床に落として丸ごとシャリシャリ全部食べてしまっていました。鍋物の野菜も好きで、ネギも入ってた鍋の野菜なんかもあげちゃったり(^^;(みなさんマネしないでねー。無知だったのよぉ)。そういう育て方をしたせいか(そのわりには12歳まで生きたけど)、腸ねん転をおこして手術したり、腎臓をやられて入院したり、晩年は結構病院のお世話になっていました。
90年の夏、腎臓が悪化してロビは長期入院を余儀なくされていました。そんなある日、両親が北海道に数日間行かなくちゃならないということで、万が一の場合の連絡先として、病院の方には私の勤め先を届けていました。両親が北海道から戻り、母も面会をすませた2日後あたり、突然私の会社の電話が鳴り、経理の女性が「○○動物病院からなんだけど…」と私の方をすまなそうに向いて言いました。どこかでその時が来てしまったことがわかった私。電話にでると、「最善をつくしたのですが、先ほど心臓が止まりました。ご両親に連絡がつかなかったので・・・」とどこか遠い意識の向こうで先生の説明がありました。電話を切ったあと、そのまま会社の机に突っ伏してわんわん泣いてしまった私。会社の上司含めみんなロビの状況を気づかってくれてた人達だったので、即座に早退のお許しが出ました。(本当に当時の会社には感謝しています)
父の会社に連絡がとれ、父と私は病院へ直行しました。ほぼ同時に病院へつくと、病院の方が用意してくださったお花いっぱいの箱の中でロビは眠っていました。両親と離れて住んでいた私は、ロビのお見舞いも1回しかいけなかった。。。後悔の念と今までの思い出と色々入り交じって、さらにわんわん泣く私。父が「病院なんだから、あんまり泣いちゃいけない」って耳元でささやいたことがどこかすごく鮮明に思い出されます。
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